前回のエントリでは、BSA Gold SRについて、英国側・日本側それぞれのサイトが「どう立ち上がり、いつ閉じられたか」を追いました。今回は、両サイトが同じバイク(排気量は違うが)に対して何を、どう語っていたか――日英それぞれの市場で、どう位置付けどう売り込んでいたかを、テキストを突き合わせながら確認していきます。
日本版(デイトナ)のBSA SR 紹介テキスト
まず、デイトナ側のページ本文(Bsasr.htm、2000〜2002年頃)を確認しておくと…
かつての世界的なオートバイメーカーの名門、イギリスのBSA社が24年ぶりにオートバイの生産を復活させ、BSAオリジナルのフェザーベッドフレームにヤマハ製400cc単気筒エンジンを搭載したオートバイ「BSA・SR」を発表しました。
このBSA・SRはヤマハSR400の新車をベースにし、BSA社がオリジナルで制作した54点の部品を組み付け職人が一台一台手作りで組み上げるハンドメイドのオートバイです。
1950年代後半から1960年代前半に掛けて生産されていた名車”BSAゴールドスター”の再現を想わせるスタイルを持つ、まさにBSAの復活です。1997年モデルの生産台数は154台の限定。以後、年間台数200台限定で生産される予定です。
続くスペック表と、3モデル構成の価格。
| モデル | 価格(税別) |
|---|---|
| BSA GOLD SR | ¥880,000 |
| BSA CLUBMAN SR | ¥880,000 |
| BSA G40 SR | ¥910,000 |
そして全国28店舗の販売代理店リストと、デイトナの問い合わせ先で締めくくられています。
英国版(BSA-Regal)のGold SR紹介テキスト(日本語訳)
対する英国側、SR500.htmlの本文を訳すとこうなります(1999年版・2006年版を要約・統合)。
Gold SR 500は、1950〜60年代のカフェレーサー――伝説のBSAゴールドスターに代表されるようなスタイル――の精神を受け継いだ、クラシックスタイルの単気筒バイクです。
デザインを手掛けたJohn McLarenにより、この英国製ハンドメイドのバイクは、ヤマハ製の実績あるOHCエンジンを搭載しています。これにより、英国バイク史の黄金期を思わせる優雅なスタイルと、現代的な信頼性・整備性を両立させました。
Gold SRは、BSAゴールドスターや特定のクラシックモデルの直接的なレプリカを意図したものではなく、過去の様々な英国製バイクからスタイルの影響を受けています。例えばフレーム設計は、1960年代初頭のレーシングNortonからインスピレーションを得ています。タンクの形状や仕上げ、シートのデザイン、マフラーのスタイルもそれぞれ選択肢があり、一台ごとに微妙に異なる表情を持ち、オーナーの好みを反映したものになります。(※2006年版で追記)
残念ながら、EU法規制の変更により、Gold SR 500は現在販売しておりません。全車、サウサンプトンの拠点から直接販売されていました――理由は2つあります。一つは、お客様一人ひとりの要望に効果的に応えるため直接取引が必要だったこと。もう一つは、フレーム等のハンドメイド工程がコストの掛かるものであり、ディーラーマージンを乗せていては現実的な最終価格を維持するのが難しかったためです。海外からの注文も個別対応していましたが、日本のDaytona International Trading以外に正規の輸入代理店は存在しません。
読み比べた印象
同じバイクを語った文章なのですが、訴求の方向性が結構違いますね。
英国側は「設計思想」を語る。
BSAゴールドスターの単なるレプリカではないこと、フレームがNortonのレーシングマシンから着想を得ていること、一台ごとに表情が違うこと――ブランドの権威よりも、この一台がどういう設計判断でできているかという説明に文字数が割かれている印象です。
デザイナーJohn McLarenの名前が明記されるのも印象的。
現在、割と通説になってしまっている、「特別なヤマハSR」といった認識は全く無いようです。
(デイトナから)エンジンその他のパーツの供給を受けているとはいえ、由緒あるBSAのブランドを存続させている企業ですから、当然ですね。
日本側は「ブランドの物語」を前面に出す。
「名門」「24年ぶり」「BSAの復活」――老舗ブランドが甦ったという劇的なストーリーがまず語られ、続いてスペック表と価格、販売店リストという実務的な情報が並びます。
デザイナーの名前などは一切出てきません。
「3車種」か「1車種」か
もう一つ、決定的に違うのが商品構成の見せ方です。
英国側の価格コンフィギュレーター(CGI)を見ると、”BSA Tank” “Clubman Tank” “G40 Tank” はあくまでタンク形状の選択肢の一つとして並んでいました。
つまり英国では、Gold SR 500という一つのベース車両に対して、タンク・シート・マフラー・ハンドルなどをオーナーが個別に選び、一台ずつ違う仕様に組み上げる、オーダーメイド方式が基本です。
一方、日本側(デイトナ)のカタログでは、GOLD SR・CLUBMAN SR・G40 SRが最初から3つの独立した完成品モデルとして、それぞれ固有の価格(¥880,000/¥880,000/¥910,000)で提示されています。
気になる価格は?
- 日本(1997年当時、400cc):¥880,000〜910,000(税別)
- 英国(1999年当時、フルオプション、500cc):£6,110.85(オンロード登録込み)
当時のポンド円レート(1999年頃はおおよそ1ポンド=170〜190円程度で推移)で単純換算すると、英国での実勢価格はおおよそ100万円台前半〜半ばあたりになります。
排気量が異なる(日本400cc・英国500cc)ため単純比較はできないですが、大きく乖離した価格帯ではなかったようです。
エンジン以外はほぼ英国製、という語られ方
日本側の「54点の部品を組み付け」という具体的な数字は、英国側の本文には出てきません。
逆に英国側が繰り返し強調する「英国バイク史の黄金期の優雅さ」「Norton譲りのフレーム」といった歴史的文脈は、日本側の紹介文にはほぼ登場しません(「名車ゴールドスターの再現を想わせる」という一文で簡潔に語られています)。
まとめると
英国のユーザーには「(Nortonなどを含めた)本物の英国バイク史の系譜」を。日本のユーザーには「甦った伝説のブランド」を――同じ車種を、それぞれの市場が求めるフックで語り分けていた、と言えそうです。
また、当時の両社の認識も、「ヤマハSRの特別仕様車」という文脈は全くなさそうです。
とはいえ当時の市場性や持続性、持続性からも、エンジンや主要部品にヤマハSRを採択するのは最適解でしたね。
実際にBSA-SRが製造終了してからもさらに15年近く(2021年のFinal Edition)、厳しいモータリゼーションの生態系を生き抜き、継続生産されたわけですから。
次回、John McLarenという男について
次回は、この英国側の公式サイトに登場するデザイナー、John McLarenその人について掘り下げていきます。
AJS/Matchless、Norton、そしてBSAへ――彼の経歴を辿ることは、そのまま英国バイク産業の戦後史を辿ることでもあるのです。